2003.9.26(金)
過去ログ14(2003.7〜9月)
新聞・テレビですでに報道されているとおり、今朝方、ここ北海道地方に大きな地震がありました。昨夜東京から次女が来て、久しぶりに深夜までお喋りし、遅い就寝でした。熟睡中突然の激震。とても長い時間揺れていた気がします。その間一瞬阪神大震災の悲劇を頭をよぎりました。でも我が家はマンションの1階。特に物が落下することもなく、事なきを得ました。報道によると数百人の負傷者、また直接・間接的死者、行方不明者も出ている様子。ご心配いただいた沢山の方から電話やメールをいただきました。お陰さまでTOKOも娘も無事です。
夜、家からクルマで10分ほどの回転寿司「トリトン」で夕食。3月に母娘3人で東京から来たとき、母に連れられてきた。まだほんの半年前のこと。あの頃はまだ、お婆ちゃんとっても元気で、あんなに食欲もあったのにね。あの時、札幌の回転寿司に、こんな美味しい店あること知った。大きなすしネタ。特にホタテなんか1個まるごと半分に開いて乗っている。今日もやっぱり美味しかったけど、娘と2人で食べるのは、なんか、やっぱし、、ちょっと寂しかったね。。。
2003.9.22(月)
お引越しが無事済みましたぁ(^^)/。とは言ってもまだまだ部屋中、荷物の山。でもとりあえずパソコンが無事繋がった時点で気持ちの中では90%完了したよ。あとは少しずつお仕事の合間に片付けてゆくよ。さあて、この2ヶ月ほとんど仕事らしい仕事せず、ただひたすら、いただいたご注文に商品発送するだけで必死だった。それでも、お買い物していただいたお客さま、本当にありがとうございます。
昨日、お天気がいいのでドライブがてら母の墓参りに行ってきた。家からクルマで20分。お彼岸(23日)は、他にも予定があるので行かれるうちに早めに、と思い立った。ほんの10日ほど前にも母の友人を連れ立って行ったばかり。掌を合わせてふと見上げると、真っ青な空。白い雲が美しい。ああ、母はあの雲に乗って天に昇っていったんだ。一人で来るのもいいもんだ。ゆっくり母と話ができるもの。さあて、売上げ落としたえびす屋の建て直し、頑張ってやるからね〜、って約束した。母は、亡くなる寸前まで活動的なスーパー婆さんだったからね。いつまでもグズグズやってると、おっかないんだよ〜。(苦笑)
2003.9.20(土)
今、ひどい環境の中でキーボード打っている。2日前、実家を少しリフォームしてお引っ越ししたけれど、PCは後まわしにした。荷物が少し落ち着いてからの方がいいと思ったの。NTTの工事が22日だから、今はフローリングの床に直に置いてあるキーボードを背中まるめながら打っている。打ちづらいよ〜。22日、うまくPCのお引越しできるといいのだけれど。これが一番の苦手。無事に引っ越したらすぐにこの日記を更新するからね。更新が遅れていたら、悪戦苦闘していると思って哀れんでください。
2003.9.11(木)
2年前の「その時」、わたしは東京の自宅で札幌の母と電話中だった。ニュースステーションを見ている最中、そのニュースが飛び込んできた。映像は黒煙を出している世界貿易センタービルを映し出していた。母にチャンネルを合わせるように言い、話をしながら映像を眺めていた。そこへ2機目が突っ込んできた。「わぁ〜!」まるで映画のワンシーンを見ているようで、一体何が起こっているのか、すぐに理解できなかった。後になって母は幾度となく「その時」わたしと電話中だったことを語った。今年もまた9月11日がやってきた。あの衝撃的な時間を母と共有していたことに、また格別な思いで胸に刻まれている。
内装工事が予定より少し遅れている。何でも物事に順番があるので、ひとつ遅れがでてくると、次の工程にしわ寄せが出てくるようだ。家の中は、埃と荷物で足の踏み場もない悪環境。何でもいいけどはやく落ち着きたいよ〜。
数日前から右手首が痛い。腱鞘炎の初期だろうか。原因はなんだろう。実家の片付けで重い荷物を持ったからか?手首の裏表に「楽つう炭」を貼って様子をみてみよう。
2003.9.08(月)
実家の荷物を整理していて、懐かしいものに遭遇する。母はなんでもとっておく性質だったんだ。感激したのは、TOKOが母にあてた手紙数十通。東京に出てきたばかりの約30年前のものから現代に至るまで。近年のものは、そのほとんどは文書なしのカラの書留封筒。昔は電話もお部屋になかったから、せっせと手紙を書いたんだった。でも近年は電話で話して、母の日やお正月などにお小遣いを送ってあげた。その書留封筒を全部(多分)保管してあった。母というのは、こんなものまで大切にしていたんだ。チョッと、胸が詰まった。
夕方、東京の旧友Yさんから電話。来週か再来週あたり、TOKOに会いに札幌に出てくると言う。とっても嬉しいけれど、リフォーム工事が始まるので、落ち着いたころにスケジュール調整してもらう。同じく東京の「千成もなか」Sさんから、今度はどらやきときんつばが届く。この前最中をいただいた時に、ジョーダンで「次はどら焼きがたべたい!」と言ったら、忘れずに送ってくれた。みんな同じことを聞く。「ちゃんと、食べてる?」は〜い、充分に食べてます。TOKOのことを心配してくれる友がいる。ありがたいことです。
2003.8.31(日)
なかなか仕事に専念できず、これまた新たな悩み。母の四十九日が済むまでは、と思ってはきたが、その四十九日も今週の木曜日。納骨が済むと、小さなお位牌だけが仏壇に入り、今度こそ本当に普通の生活に戻るんだね。今更ながら父親の時以上に、母親との絆の深さを感じるよ。女は神代の昔から、こうして自分のお腹を痛めて女子を産み、その娘が長じてまた女子を産む。この別れの涙が、時代をつなげてきたんだね。この悲しみは「子宮」で感じているものかもしれない。って言っても、男性には解らないだろうなぁ。
札幌に戻ってからいろいろな「?」に遭遇する。ご近所や母の友人たちとは、世代が違うと理解しているので、全然「OK!」なんだけど、対社会(営業)になると、いちいちカンに障る。その場面は生活の中で、たとえばレジの女性(お客が知人だと私語をする。並んでいるTOKOはイライラ)であったり、先日のリフォーム会社の担当(訪問先で名刺も出さない)であったり、問い合わせ先電話口の女性(NTTにガッカリ!)であったり、銀行窓口でさえレベルが低い。北海道のこの不景気は、そんなところにも小さな原因はないだろうか?!生活に慣れた頃には、TOKOも同じになっているの?そして、東京の友人たちには「?」と思われるのか?!そんなのは、絶対にイヤだ!!
2003.8.27(水)
生まれて初めて手打ちそばに挑戦。先日、ご近所の母の友人に誘われた時、生返事したのが、申し込みメンバーになってたようだ。本当はあんまり気が進まなかったけど、母の友人たちはTOKOが寂しいだろうと気配りで誘ってくださるのだよ。参加者の中ではTOKOが一番若い!それもそのはず、主催が地元の敬老会「○寿会」なんだよ〜(泣笑)。ところが行ってみると、これがけっこう楽しい。職人さんが一通り実演して、その後自分で実際に打ってみる。そば粉は生きているから、その日の気温や湿度、また個々の手の温度によって味が変わるんだって。最後にその場で3人の職人さんが打ったそばをご馳走してくれた。コシがあってムギュっていう食感(表現力乏しい)。3人のそばを食べ比べると、本当に微妙に味が違うんだよ。切り方にもよるけれど、男っぽい味、ちょっとマイルドな味、違いが確かにある。帰り自分が打ったそばをお土産に持ち帰り、夕食もまたおそば。おお、美味いじゃないか。TOKOは結構、料理は得意なのだよ。とは言っても、だ〜れも褒めてくれない。一人で食べるのはやっぱり寂しいもんだね。
2003.8.23(土)
引越しは面倒だけど、母の納骨がすんだらやはり実家に転居しようと思う。母のもの、かなり思い切って整理しなければ、自分の荷物が入らない。なかなか手を付けられないから、リフォームしてきっかけをつくることに。業者2社に見積もりを依頼。先に来たA社、このマンションのリフォームを手がけた実績あり。床下暖房のことまで説明するけど、そこまでリフォームするもりはない。床・壁を貼りなおし、ちょっとクロゼットをつける程度の相談。そう言うとガッカリした表情(顔に出す)。他にもう1社見積りもらうつもりであることも伝えた。すると、「単なる張替えなら別にどっちでもいいですよ〜」だってさ。内心ビックリ!この時代に、小さい仕事は請けなくてもいいっていう会社があるんだ!後からのB社、4月、この部屋を借りるときお世話になった不動産会社からの紹介。その不動産会社と業者2人でやってきた。こちらの要望をいろいろ出して、やはり他にも競合1社あることを伝えると、「是非、ウチにやらせてください。できるかぎり勉強しますから!」と言う。いずれも来週には見積もりが上がってくる予定。数字を見る前に、すでにTOKOの気持ちは、ほぼ決まっている。
夕方、ブラッと街にでる。この春から札幌に住んで、自分のためのショッピングなんて余裕がなかったもの。たまにはお洋服でも買って、気分を盛り上げたい、と思った。街へ出て驚いた。こんなに肌寒いのに、若い娘たちノースリーブ、生足にミュール。そうか!気温で着るのではなく季節で着るのがオシャレだよね。だけど今日の気温は、東京なら10月くらいだよ。長袖のジャケットしっかり着て、それでもウスラ寒いと感じるTOKOは、おばさん指数が高いからか(苦笑)。市内の百貨店は閑散としていた。ブラブラ歩いて、ちょっと手にとると、ヒマな販売員がしつこくつきまとう。これってヤダよね。お気に入りの店、はやく見つけたいな。
2003.8.17(日)
この3日間、連日街にでている。やっと遊ぶ気分になってきた。金曜日の夕方、札幌の数少ない古い友人ホッペ(ボーイフレンド!)からメールが入る。「ジンギスカン食べに行こう!」以前から美味しいジンギスカンを食べに行く約束だったのに、TOKOの都合で機会を逸していた。案内されたのはススキノの路地を入った古いお店。エアコンのない店内は炭火とお客の熱気でムンムン。七輪の上にあの鉄のまあるいジンギスカン鍋。ジュージュー焼きながら、汗をふきふきホッペ曰く「最近の日記、食べ物の話ばかりだね。」そうかぁ?!ああ、行動が停止してたんだ。ただ食べて生きてる状態だったんだものシャーナイでしょ。
翌日はこれまた30年来の友人サッチとロビンソン地下の回転寿司へ。回転寿司をバカにしてはいけない。これが生の素材をふんだんに使って美味い!ふたりでおよそ20皿平らげ、帰りスカートがきつくなる。サッチのハイテンションについて行くのも、今のTOKOにはチョッときつかったけど。
今日は駅前ビックカメラで、PC周辺のお買い物。どうしても買わなければならないものじゃないけど、出かけたいと思った。帰り大丸へフラッと寄ってみる。何か秋もの買いたいな、という気分になってきた。ちょっとウキウキ。でも、結局何も買えなかった。地下鉄に乗るために地下へおりる。デパ地下の夕方は、お惣菜のいい匂い。中華の匂いに誘われ、『お土産買おう!』と思って思い出した。もう、一緒に食べてくれる母はいないんだ。小さく胸が痛んで買わずに帰った。
読み返すと、今日もやっぱり食べ物の話になってるね。しかも最後は少しインキくさい?!
2003.8.14(木)
親戚づきあいって、冠婚葬祭だけになりがちだよね。でも最近母の葬儀があったおかげ?で、親戚顔を合わせる機会多く、親密度が深まった。今日は父のお墓がある里塚霊園に(母はまだ納骨してない)、TOKO他、親戚3世帯がそれぞれお手製のお供物やお弁当を持ち寄って集まった。総勢9人。こんなにぎやかなお墓参りは初めてだね。ちらし寿司、お煮しめ、赤飯、のり巻きなど広げ、ピクニック気分。いや〜、TOKOは久しぶりに人間らしい美味しい食事をいただいたよ(笑)。それでTOKOの持参したものは、昨日Sからいただいた「千成もなか」。ズルイでしょう(笑)。でも20歳代の甥、姪たちに大好評。やっぱり美味いものはいつの時代も美味い。人からいただいた美味いものを持参して、人が作った美味いものをご馳走になり、しかもおみやげまでしっかりもらって帰る。ちょっと図々しいけど、今年だけは皆、許してくれるだろう。
2003.8.013(水)
美味しいものって、有名になると何故か味が落ちること多いよね。それは売れるから量産する結果だと思う。大塚・巣鴨駅前の「千成もなか」は、頑固なまでに量産せず、その日に作ってその日のうちに売り切る、徹底的に味にこだわった和菓子屋だ。TOKOは昔から、ここの最中のファンだった。あんこが5種類あり、それぞれカラフルな色で上品な甘さなの。しかも小ぶりなので2つ3ついろんな味が楽しめるのがグッド♪。ある日ひょんなことから、アイムで仲良くなったSのお姉さんの嫁ぎ先だと知った。現在Sは、そこの「外商部押売り課長」(注:自称)を務めている。今日彼女から「千成もなか」が航空クール便で届いた。今朝できたものをその日に札幌で味わう。賞味期限は3日間!やっぱり保存料一切使わない味はこうなんだ、と納得。大塚・巣鴨付近なら試してみる価値ありだよ。お値段も味の割りに安い(と思う)。久しぶりにホッペタ落っこちそうになったから、感謝を込めてPR(笑)。でもこれ、すべてホントのこと。お味はTOKOが保証します(キッパリ!)。
2003.8.09(土)
夕方、台風の大雨の中、クール宅急便が届く。『あっ、東京のちえこおばさんからだ!』、母と同じ歳の一番仲のよかったいとこ。子供がいないせいか、TOKOのことをすごく可愛がってくれるの。先日電話で「ちゃんと、ご飯食べてるの?」と心配してくれた。ハイおかげさまで、どんなに悲しくても、ちゃんとお腹がすくから不思議・・・。そう答えたはずなのに、ダンボール箱を開けると、出てくるわ、出てくるわ、冷凍にされたお惣菜パック。切干大根、たらことこんにゃく炒め、煮豆、のり巻き数種類・・・etc。ホントにありがたいことです。おばさんの料理はプロの味。それもそのはず、昔、割烹旅館の女将だった人。自ら調理場に立った経験もあるんだから当然だよね。早速、お礼の電話をかけると「可哀想に、淋しいでしょう」って言いながら自分が泣いている。TOKOはおばさんに泣かれるのに弱いんだよね。いつも先に泣かれちゃうから、こっちがしっかりしなきゃ、と思っちゃう。そして解凍の仕方、食べ方まで教えてくれた。おばさんからみたら、やっぱり母と同じくTOKOはダメ主婦に見えるんだろな。でもいいや、今はそのほうが嬉しいもんね〜。
2003.8.07(木)
半世紀以上も生きていると、いろんな出会いや別れあり、それぞれすべてに意味があるという。その中でも特に、この人と出会わなければ、もしかしたら全くちがう人生を歩いていたのでは、と思う人って誰しもいるもんでしょ。TOKOにも、ちょうど10年前の秋、運命を変えた人のひとり、アイムパーソナルカレッジ(通称アイム)代表長井氏とのとの出会いがあった。
当時の彼女は主婦であり、コピーライターであり、広告代理店の女社長であり、そしてアイムの校長であった。(現在は加えてレストラン経営も)当時専業主婦だったTOKOにとっては、別世界の人、おそれ多くて近寄りがたい存在だった。もともと生まれついた能力や教養が違うのだと思っていた。彼女から教わった大切なことは、「やらずにやれないと決めてはいけない」「やってみてダメでもともと」。そう、それがアイムのモットー「ダメモト精神」なのだよ。もちろん、未だに追いつけず背中を見ながら歩いている。多分一生、追いつけない。でも10年前のような近寄りがたい距離感はないよ。同性として、社会人先輩として尊敬し目標となる存在かな。そんな長井さんから今日、心温まるお品が届いた。メッセージを読み、また泣いてしまったなぁ。でもこれまでの悲しみの涙ではない。元気になるための涙に確実に替わってきているよ。
夜、幼馴染のシゲルちゃんが弔問に来てくれた。なんと会うのは30年以上ぶり。TOKOが中学生から高校生の時代、近所に住んでいた3歳上の幼友達。我が家が引っ越してからもよく家に遊びにきてくれた。TOKOが東京に出てから会ってないけれど、その後も母と弟しかいない家に時々遊びに来ていたという。ぜんぜん30年の月日が経たとは思えない、あの頃のまんま。話もすぐに当時の続きのようにできる。母の霊前で出来上がり惣菜並べて、ビールとワイン飲みながら昔話に花が咲いた。懐かしい人と再会したり、人の温かさを感じさせたり、母がきっとそうしてくれたんだ。
2003.8.03(日)
これがホントに8月か、っていう寒さ。札幌は今日は朝から雨。TOKOはいま長袖のセーターを着ている。考えてみれば、こちらに来てからちっとも季節が変わらない気分。もう4ヶ月近くも同じものをとっかえひっかえ着ている。半そでやノースリーブのTシャツなんか、今年は着られないのかも。北海道って昔からこんなに寒かったっけ?いくら思い出そうとしても、思い出せない。8月というのは、外から戻るたびにシャワーを浴び、洗濯物が増える、という観念だった。ここ毎日、寝る前にしっかり湯船に浸かって体をあたためる、という生活なのだよ。
ご近所の母の友人がTOKOにおいしいお惣菜を届けてくれる。どうやら母は友人たちに、娘は主婦らしいこと何にもできない女だと言ってたみたい。確かに今はひとりだから、料理なんか作る気分にはなれないよ。でも、そんなに何にもできないわけじゃない。いただくのはとってもありがたいのだけれどね。母の友人はやっぱり母の友人。TOKOが札幌に来て、友人を作る時間もないうちにこんなことになってしまって、もぉ〜、母さんのイヂワル!!
思いがけず東京のSさんからお花が届く。ポッと心があったかくなった。ありがとう。
2003.7.27(日)
母の初七日を過ぎ、少しホッとしています。発送業務を再開しました。少し遅れていますが月、火で平常営業に戻る予定。
毎日母の祭壇の前にふとんを敷いて寝ています。まるで玄関から「ただいま〜」って言いながら今にも入ってきそう。ついこの前まで家庭菜園をしていたのに。今、母が作ったきゅうりが毎日4〜5本収穫できます。生味噌で食べると甘くって美味しい!主のいなくなった小さなお庭に、他にもトマト、ブドウが青い実をいっぱいつけています。これから8月の太陽を浴びて、稔るのだろうな。ちょっと切ないな。
2003.7.18(金)
申し訳ございませんが、7/19〜23日まで発送業務をお休みさせていただきます。
今朝、母が天国に旅立ちました。たった3週間の入院生活でした。あまりにあっけなく寂しいけれど、最後まで自立した母らしい最期でした。享年81歳。少しだけお休みさせていただきます。
2003.7.04(金)
とても7月とは思えない肌寒い天気。東京は梅雨でジメジメ蒸し暑いのだろうね。札幌はうっかり半袖だけでお出かけすると、夕方は大変なことになる。使わないときは小さくたたんでバックに入る、1980円で買ったナイロンのジャンパーが役に立つ。
駐車場は近くの青空駐車場を借りている。つい先日のことになるが、夕方帰宅してクルマから降りると、駐車場隣の立派なお家の窓から声がする。「チョットー」とか言いながらお婆さんが手招きしている。恐る、おそる近寄ると、「アンタ、花もっていかんかい?」「はぁ??」「しゃくやく、いらんかい?」「ああ、はぁ、いただきます」と答えると、初めて笑顔を見せて、「そこでまっとりゃい」とか言って、勝手口を指差した。勝手口からお嫁さんらしき女性がはさみを持って出てきて、お庭に咲いているみごとなしゃくやくやバラを数本切って塀ごしに手渡してくれた。ありがとう。ああ、ここは札幌だったんだ。
高校時代の朋友Mが、ご夫婦で名古屋から出てきた。ご両親の法事があるという。ご主人は3年前、病気で下半身不随、車椅子の生活になったが、持ち前の努力で社会復帰された。ご自分でクルマも運転する。今回はMがレンタカーを借り、障害者用の設備があるホテルに部屋を取ってでかけてきた。夜、ホテルに出向き久しぶりに再会を喜んだ。積もる話はいっぱいあるけれど、こうして元気で会えるのは、まずは何よりも嬉しい。この歳になると、みんな何らかの悩みや障害を持ち、それと共存しながら生きているんだね。以前とちっとも変わらない、Mの笑顔がまぶしかったよ